Hallowe'en




『Trick or treat』

携帯の通話口から聞こえてきた綺麗な発音に、王泥喜は自分の予感が当たった事を確信した。仏教徒である自分とは、全く関係のない行事だけれど、恐らく同じ仏教徒である響也が見逃すはずもなく、渡米歴の長い彼には馴染みの行事なのかもしれない。
 電車の中に異様なコスプレ集団を見つけて朝から目を剥いたが、『ハロウィン』=『仮装大会』だと思っている若者に、一言申し上げたいと思っていたところだ。

 万聖節 (All Saints' Day) の前夜祭で(子供が)近所の家からお菓子をもらう行事だ! 日本人なら彼岸を祝え!

「俺より年上だと思ってましたけど、アンタは子供ですか?」
『こういう行事は楽しまなきゃ…って、携帯、繋がり悪いね?』
 そう言われて、王泥喜は右手に持っていた携帯を左手に持ち替える。別に、これで通話がスムーズになるとは思ってないけど。なんとなく…だ。
「ああ、すみません。今外出中なんです、電波弱いかもしれませんね。」
『そうなんだ、まだ忙しいのかい?』
「ええ、まぁ。検事はどうなんですか?」
『検事局に缶詰だよ。この時期に騒ぎ出すのはお化けだけじゃないって事。目を通す書類が多すぎて解放してもらえないよ。』
 軽い溜息が耳に届き、響也が本気でウンザリしているのがわかった。だから、こそのこの電話…か。
 
『だからね。オデコくん Trick or treat?』
「電話越しじゃあ、お菓子も上げられませんし、悪戯も出来ませんよ。」
 王泥喜の返事に、ふふっとやけに楽しそうな声が聞こえた。

『それは、どうかな?』
 意図的に下げられた声。艶を帯びて、通話口を通してでも甘く響いた。

『ねぇ、法介。』
 どんな表情で、告げているのかもありありと想像出来るので、王泥喜の胸の奥がじんと熱くなる。まったく…と小さく呟いた。
 大した悪戯者だ。
 テレフォンセックスさながらの会話は、自分のいる環境を忘れて思わず抜いてしまいたくなるほどの威力だ。響也の声は甘いお菓子さながらに王泥喜を刺激する。
 時折聞こえる衣擦れの音は、やけにリアルで、まったく覚えてろよと、王泥喜は毒づいた。

『ね、感じちゃった?』 
「当然です。」
 
 素直に認め、熱い吐息を吐き出して法介は足を止めた。
 体内に感じる熱に煽られて、確実に上がっただろう体温に暑さを感じてネクタイを緩める。
 そうして、通話口からきこえ楽しげな笑い声を耳にしながら、目的の場所に着いた事を確認し、扉をノックした。響也からの電話に同じ音を聞き取ってから、返事を聞かずに扉を開ける。

 書類の積まれた机。それを避けるように置かれた珈琲カップ。いつもは、ガンガン煩いスピーカーも電話中だったせいか、無音。
 この部屋の持ち主は、片手書類を持ちながら、座り心地のよさそうなチェアに深く座り込み、肩と頭に携帯を挟んでいる。長い脚が無造作に投げ出されている。
 扉に目を向けて瞠目していた響也に、王泥喜はにっこりと微笑んでみせた。

「お、デコくん。どうして、此処…。」
 受付は!?
と狼狽える彼に、貴方のお陰でとっくの昔から顔パスですよと種明かしをしてやる。 そのままお通り下さいと言われているのを、わざわざ連絡してもらっていたのは、やっぱり仕事と私事にけじめを付けたかっただけの話だ。
 パタンと音を立てて携帯を閉じ、背中越しに閉じた扉に施錠する。

「Trick or treat」

 王泥喜は響也に問い掛け、慌てふためいている相手に詰め寄った。安全圏にいると安心していのだろうけれど世の中そんなに甘くない。
「貴方ほど忙しくない俺を、舐めてますね?」
 にっこりと笑って、肩に手を置いた。
「甘いお菓子を頂くお礼に、息抜きをさせてあげますよ。」

 暫くの時間は、大人の悪戯の時間…てことで、大丈夫です。



〜Fin



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